9月3日はミケッレさんの今は亡き母の誕生日。
昨夜バースデーケーキを持って、義父の家へ行ってお祝いをした。
元気でいたら今年81歳になるけれど、私たちの中では62歳で止まってしまっている
いつまでも若いままの義母。とても5人の男の子を育てたとは思えないほど
華奢できれいなソプラノの声を持った人だった。
賑やかな事が大好きで、気がつくといつも輪の中心にいて皆を楽しませていた。
そして茶道や仕舞いを極め、常に新しい事を考え、実践する人だった。
ある時、お昼に訪ねたら義母が食堂で何にもつけない食パンを
小さくちぎって食べていた。
忙しい人だったから買い物に行く時間があったら
家でゆっくりしたかったのでしょう。
ふふっと、とても恥ずかしそうに、食べるのがないからと、、。
ちょっとかわいそうになって近所のスーパーへ
ジャムとバターを買いに行ったことを思い出す。
いつまでも若いままの義母。とても5人の男の子を育てたとは思えないほど
華奢できれいなソプラノの声を持った人だった。
賑やかな事が大好きで、気がつくといつも輪の中心にいて皆を楽しませていた。
そして茶道や仕舞いを極め、常に新しい事を考え、実践する人だった。
ある時、お昼に訪ねたら義母が食堂で何にもつけない食パンを
小さくちぎって食べていた。
忙しい人だったから買い物に行く時間があったら
家でゆっくりしたかったのでしょう。
ふふっと、とても恥ずかしそうに、食べるのがないからと、、。
ちょっとかわいそうになって近所のスーパーへ
ジャムとバターを買いに行ったことを思い出す。
このときの義母の可愛らしい表情が今も印象に残っている。
お互い嫁、姑(嫌いな言葉だが、、)としてはじめてのことで
お互い嫁、姑(嫌いな言葉だが、、)としてはじめてのことで
どう接して良いか分からず、亡くなるまでの十数年過ごしたが、
今にして思うともっと素直にいろんな事を教わっておけば良かったと思う。
とてもチャーミングな女性だった。
あらっ「あ」の字がぬけて若くなっている。
命日(没後)という言葉は亡くなってから何年みたいなさみしいイメージがあって、
それはそれでいいんだけど、亡くなっても誕生日(生誕)で
お祝いしてあげるほうが気分も楽しい。
私の時も是非そうして ” パァーッ ” と祝って、
ほんのちょっとだけでいいから思い出してもらえたなら、、、。
そして楽しくワイワイと過ごしてくれたら嬉しいなー。
それはそれでいいんだけど、亡くなっても誕生日(生誕)で
お祝いしてあげるほうが気分も楽しい。
私の時も是非そうして ” パァーッ ” と祝って、
ほんのちょっとだけでいいから思い出してもらえたなら、、、。
そして楽しくワイワイと過ごしてくれたら嬉しいなー。
ベルギー、グランサブロン広場のバラ
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